真夜中の雪山で目覚めた話

⎯イロピーも行こうか

全てはかんぱら先生のひとことで始まった。
まさか数時間後に、闇夜の雪山でもがき苦しむ事になるなどと、いかにして知ることができただろうか。



競技生活から身を引いて、はや3ヶ月。
新天地「CROSS COFFEE」での荒修行(?)で、時間が経つのが早く感じていた。

物覚えが悪くなったろうか、学習曲線の上昇がだいぶ緩やかであったので、注文数に対してこなせる仕事量が追いつかず、カフェではなかなかに慌ただしい時間を過ごしている。

そうそう。
もしCROSS COFFEEでのアルバイトを検討している人は、ひとつ、気をつけなければならないことがある。
やはり自転車をコンセプトにしたカフェというだけあって、速そうでカッコいいバイクからマニアックなパーツで組み上げられたバイクまで、店内外を様々なバイクが横切る。
自転車が好きな人はきっと、いや必ずや、新しいバイクが欲しくなってしまうので、金銭面で苦労している苦学生にはオススメしない。

ちなみに私は、細身で金属のシクロクロスフレームを、ワイヤー引きのディスクブレーキで組み、手組みホイール(リムは黒、スポークを銀のピカピカのやつ、ハブは32Hかストレートスポーク仕様の28H)を履かせたバイクに乗りたい、と思い始めてしまった。いや、もしかしたら決定事項かもしれない。たぶん。うふふ。

まぁそんなこんなで、少しずつ余裕が出始めた頃。
CROSS COFFEEを運営するChampion Systemの緊急ミーティングがカフェにて行われた。
建設的で有意義な議論(?)が交わされる中で、週末は何をしているかという議題になった。

「小生、年末のシクロクロスシーズンに向けて、ロードバイクと登山でトレーニングを再開しようと思っております。」

かんぱら先生
「イロピーさ、山登るレースあるけど興味ない?」

「面白そうですね!」

かんぱら先生
「よし、それじゃイロピーも行こうか。あしたの18時スタートだからよろしく。」

「・・・」

補足すると、弊社では社員間はニックネームで呼び合うという社風。
社長から頂戴するのだが、私は「ひろし」→「ひろぴー」→海外の方でも発音しやすいように「イロピー(illopy)」というニックネームを頂戴した。
かんぱら先生は青年海外協力隊に参加されていた頃に、ウガンダ共和国の首都「カンパラ」にいた、ということで「かんぱら」を頂戴したとのこと。

初めて挨拶した時に、「かんぱらです」と言われた時は何が起きたのか状況を理解することができなかったのだが、今となっては良い社風なのではないかと思えるようになっている。

さて、急遽参戦が決まったわけであるが、
・長野の菅平スキー場
・夜18時スタート
・雪上
という、情報だけ。

とりあえず急いで登山で使ってる道具を詰め込んで、社用車?チームカー?で会場へと向かうことになった。

事故渋滞に巻き込まれて、会場入りがスタートまで1時間を切っていた。
クランポンなしのトレッキングシューズに、大容量バッテリーのヘッドライトと、初心者感丸出し。
ウェアはChampion Systemのランニングウェアを準備できたので、なんとか形は整っているように見える。

かんぱら先生。
雪上のランニング、しかもナイトレースなので、どのくらいの装備にしたら良いのか相談したらなんと、かんぱら先生も雪山のナイトレースは初めてだそうで、お互いに生きて帰れるような装備を模索しながら準備することに。

下手したら遭難するんじゃないか、一抹の不安を抱きながらアップもなしにスタート地点へ向かう。

今回参加しているレースは、日本スカイランニング協会が主管する”スカイランニング”という競技の菅平ナイトスノーラン
スカイランニングはコースの標高差や距離、装備などにも明確化されたルールやカテゴリーがあり、シリーズ戦や世界選手権も行われている。
言ってしまえば、登山をレースにしちゃおう、という感じの競技だと捉えている。(違っていたらごめんなさい)

ヨーロッパをはじめ、世界各地で盛り上がりを見せていて、競技特性や開催地域など、自転車競技と何か通ずるものを感じる。
そりゃ、あれだけキツい登山道を速く登れる人が集まれば、レースのような競技会が発生するのは至極自然なことであろう。
いかにも、ヨーロッパ人の考えそうなことである。

スタートラインに並んでしまった以上、もう走り出すしかない。
私は6km・±600mの周回を1周するクラスを、かんぱら先生は3周のレースに出走。
走り方やペース配分も分からない、日が暮れ始めて文字通り右も左も分からない状況のなか、いよいよスタートした。

スタートからスキー場の壁を直登する。

スキー場のゲレンデ、登ろうと見上げたらまさに壁としか形容できない斜度である。
ふかふかの雪の下は圧雪されて凍結してたり、いきなり膝下までハマる深さだったり、転倒というか滑落をしながら歩みを進めていく。
下りなぞ、尻もちついて滑った方が速いのではないか。

登りで走ろうと思っても、キツすぎて走れない。
足を前に出しているだけで、心拍は上限に達したまま。
下りはピスト並みに脚を速く回さないとすっ転んでしまう。
平坦は走らなきゃ抜かされる。
休む瞬間がないのである。

天気予報では天候が崩れると言っていたので月明かりもなく、辺りは完全に闇色に溶けてしまっている。
ヘッドライトに照らされた足元、遥かかなたにぽつねんと光るコースガイドのポール、上がりきった呼吸と雪を踏みしめる音。
そして、めちゃくちゃキツいという苦痛だけが、私という存在を認識させる全てである。

進んでいるんだか進んでいないんだか、状況の分からぬまま、ようやくゴール地点が見えてきた。
と、思ったらまだ半周で、コースはゴールライン脇へと示されており、その先にはまた別の頂上へともがいているヘッドライトがポツポツと続いていた。

それを見た瞬間、ぶつけようのない怒り(コース確認をしてなかった自分が完全に悪いのであるが)が湧き上がるとともに、自転車のタイムトライアルで追い込んでいる時の感覚を思い出してきた。

体はすでにギャンギャンに悲鳴を上げ始めているけど、頭の中はクリアでしっかりと前を見据えている。
前後との差は分からないけども、ライバルとの争いでありながら自分との戦いでもあるこの感覚、だいぶ久しい気がする。

間違いでなければ、単独2番手を走行中。
序盤の下りでカッ飛んで行った選手(後に日本代表の強化指定選手と知る)の勢いには到底追いつけないだろう。
一回、後続選手から追いつかれかけたが、半周時点では目視できなかった。

恐らく、今のペースなら無理せずにゴールまで持ちそうなので、キープゴーイング。
何回登坂と滑降したか分からないけど、なんとかゴール。

急遽のエントリーでオープン参加であったが、2番手に入ることができた。

久々に味わったこの感覚。
やはり、切った張ったの刺激がないとダメらしい。
それに非日常的なところで、非日常的なことをする楽しみ。
こんな面白い競技があったとは、もっと早くに知っていればと思わずにはいられない。

という訳で、ガッツリハマってしまったスカイランニング。
シクロに向けてのパフォーマンスにも良さそうだし、しっかり取り組んでみたいと思う。

このような機会をご提供いただいた大会関係者、地域住民の皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございました。
またレースにお邪魔させていただきたいと思います。

早速、来週末の嬬恋スカイランに参戦予定。
しかし、どこもクランポンが売り切れで困ったな...

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