過去問 問2


続いて、第1ステージの赤木川清流コースについて考えてみたい。
このコースはスプリンターが遅れるような厳しさのコースではなく、脚を溜める事ができるために集団有利で、例年スプリンターチームによる激しい集団スプリントになる事が予想される。

昨年の自分の動きは序盤からのアタックに対応して、最後がスプリントになりそうなら列車を組んでスプリンターを発車するという忙しい1日であった。

出力分布を見ればレースの半分以上の時間は脚を止めている、もしくは流しているだけの状態だ。しかしレース展開を作っていくならば、走行データを見て必要な準備をしなければならない。

コースでは1周につき4回ほど立ち上がりがあり、フルスプリントを強いられる箇所がある。そして細かいアップダウンでは短いながらも高出力を維持する必要があり、位置取り、スプリントが苦手な場合はそこで脚が削られていく。
良いポジションを維持できないといつの間にか集団最後尾に、そして中切れで後ろに取り残されるという最悪の事態に巻き込まれる。レースは常に前で展開されている。
仕事ができずにレースを終えてチームの所に帰る時の心境ほど、嫌なものはない。

もしアタックに対応していくならば、何度もアタックをして更に踏み続けてローテーションを回すスピードが求められる。
そして昨年のゴール前の位置取りでは、最後の道が開けてからの一直線での激しい位置取りをすることに。
ラスト2kmの区間はAve55km/h、心拍は195bpm/mまでペースは上がった。
エースをスプリントできる位置に連れて行くには、そこに至るまでに位置取り(これはレースで身につけていく)で良い位置につけて、最後には他のチームが上がってこれないように先頭でペースを上げきる脚が必要である。

コースの鍵となるポイントを絞ると、やはり最後に向けての位置取りとスプリントが勝敗に大きく関わってくるだろう。
集団をコントロールしない限り淡々と踏み続ける箇所がなく、ローテーションで逃げたり、逃げを捕まえようとする事も考えれば、2、3分前後と30秒〜スプリントの強度を鍛えておきたい。

細かいアップダウンと立ち上がり、繰り返されるアタックに最後のスプリントとてんこ盛りなレースには、巡航性と反応性のバランスが取れたFULCRUM SPEED 40Tが最適であろう。もし最後のペースアップとスプリントに焦点を合わせるスプリンターならば、FULCRUM SPEED 55Tで決まりだ。


この日のラストで久々に心拍が195拍/分に達した。
心拍はパワーメーターに比べるとパフォーマンスを正確に表さないのでコンピューター上では常に表示させないが、体調や調子を見るために心拍計は身に着ける。

最近は年齢と共に190拍を超えることがかなり少なくなってきた。
心拍が高いということは身体が多くの酸素を必要としている状態なので、かなり追い込めてる時か、もしくは頑張ってる割にあまりギアを掛けられていない時である。
HrPwレシオ(心拍1拍あたり何w生み出せるか)や走行データのカーブを見れば、調子の仕上がり具合や疲労具合等が推察できる。
ちなみに3月現在の自分だとワークアウトの平均が1.55~1.6w/bpm、FTP付近で2.3~2.4w/bpmくらい出せていて、良い調子だと感じる。これよりも上がれば更に調子が良く感じるが、長続きはしない。

人生で200拍を超える程追い込めたのは数えるくらいであろうか。
そのくらい追い込めたのは、人生初の1回目のライドであった。

初めてのロードバイクを手にした若かりし自分は、ショップのクラブチームの練習会に参加することになる。
しかし後に気付くのだが、どうやらこのショップは他のクラブチームとは様相が違うようだ。当時はこのショップが実業団チームを作っていて、チャレンジロードを控えていた今も名の知れている現役の選手が集まってきていた。
2007年当時はまだ"ツールドフランス""ランスアームストロング"くらいしかレース界の言葉を知らなかったので、正直最初は諸先輩方に「こいつら、何者だ。フラッグシップのフレームとコンポなんか使って。」などと生意気に思っていた。

礼儀も右も左もわからない状態で初心者丸出しの自分が、何故か選手グループに混ぜて貰うことになったが、人知れず打ち負かしてやると舐めた考えでスタートする。
この日のコースは大垂水峠を越え、城山湖を登り、片倉の激坂を登るルートであった。

30分程で大垂水峠に差し掛かり登り始めるのであるが、これがキツいのなんのと。
気温計を過ぎた辺りで身体は燃える様に熱くなり、経験したことのない鼓動の速さを感じていたが、ここから更に斜度が上がって同時に心拍数も更に跳ね上がる。
先輩方は淡々とペースで走っているだけだろうが、自分はただただ、いつ終わるとも知れぬ引きずりの刑に耐えるのみであった。
極めつけは自分の後ろには店員がピッタリついていて(多分フォローとアドバイスをしてくれていたと思うのだが、極限状態により記憶が不鮮明)、その所為で何故だか分からないが絶対に遅れてはいけないという心理が働いた。

頂上が近づくにつれて視界は狭まり、身体が痺れて硬直し、空気を吸い込んでも身体からはどんどん酸素が抜けていく。顔は汗と涎にまみれて、歯を割らんばかりに食いしばる口からは、気管が狭まったことにより「ぴゅーひょろろ」と間の抜けた息が漏れてくる。
身体が非常事態を伝えてきているが、止まれない。何故なら頭の中だけはクリアで、絶対にこいつらから遅れまいと、それだけであった。
何とか頂上まで喰らいつくが、慣れないロードポジションにより下りの最初のコーナーで呆気なく千切られてしまった。
心拍計は付けていなかったが、恐らく人生で一番心拍の上がった瞬間に違いない。

その後は選手組と別れて店員とマンツーマンレッスンが始まるのだが、何故こんなキツい事をしてるのか...と考える余裕もなく、スマホなんざ無い時勢で千切られて遅れたら(恐らく待ってくれたであろうが)道もわからないし、ただただ訳の分からぬ怒りに任せて引きずりに耐えるのみであった。

そんなこんなで、年齢とともに最大心拍数は下がる傾向(確実な根拠は無い)があって、ここ数年は200拍/分を越える事がなくなってきた。
そのせいか190拍/分を越えると何故だか嬉しくなってしまうのは、何かの癖であろうか。

そういえば、もうひとつ注意したいことが。この赤木川清流コースには対面区間があり、尚且つ仕切られていない。
昨年は集団での位置を端から上がって行く際に、コーナー明けで集団から遅れた選手と出会い頭になった。あわや時速50km/hで正面衝突するところであったが、ドリフトをかましながらもお互いの手と手が1〜2センチくらいのところでぎりぎり避けれたということがあった。
常に危険に対するアンテナを張って気を付けたい。

ともあれ、あと一歩のところまでいった第1ステージ。
翌日は文字通り"山場"である第2ステージの熊野山岳ステージが待っている。

つづく。

FULCRUM
ツールド熊野

問1

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